allan吉田の雑感少々 ←前の年 次の年→

1962年(昭和37年)

・ツイスト、シャーベット、ヘアバンド。スモッグ、青田刈り、無責任時代。竜馬がゆく、砂の女。いつでも夢を、下町の太陽、山男の歌、赤いハンカチ。椿三十郎、史上最大の作戦、キューポラのある町。ベン・ケーシー、てなもんや三度笠、ルート66。しるこ200円、入浴料19円、ビール115円。

・5才。幼稚園は「ほしぐみ」「はなぐみ」ときて年長は「やまぐみ」である。たしかおゆうぎ会の写真がある。幼稚園児の記憶をまとめて書く。
・「オルガン教室」。放課後(?)、そのまま教室かホール(?)を使ってにヤマハの音楽教室というのがあり足踏みオルガンを習わせてもらっていた。やーまーはー、やーまーはー、のおんがくきょうおーしつー、という歌を覚えている。が、まったくの覚え違いかもしれない。先生はどんな人とか何を弾いたかのかはまるで覚えていないが「創作」では母に手伝ってもらって「どみそみー、ふぁらどふぁー、ししらそらしどどどどー」のようなものを「書いた」ことと、杉並公会堂で発表会に出た記憶がある。まだその頃は「電動」オルガン黎明期で自宅は足踏みだったため、公会堂では足を手持ち無沙汰(?)のためにブラブラさせてしまい怒られたような記憶がある。仲間も覚えていない。
・「ピーナッツの食べ方教室」。なぜか園庭に「外部」の方が来てピーナッツの皮の割り方を教えてもらった。以降役にたっておりますよ。ピーナツ(マメ本体)を2つに割ると「中に赤ちゃんがいますね」とも言われた。当時はかきピーなどはなく、小さな子たちにはかなーり珍しい食べ物だったと思う。そののち小学生になってからは自宅そばの三喜屋という食料品店でたしかグラム単位で買ってその袋ごとポケットに入れて食べながら歩いたりしていた。
・「大おもらし事件」。なぜかすべり台の上で粗相をしてしまい、園で借りた長ズボンで帰ってきたので母をおどろかせた。
・「F子ちゃん」。「からだの内側に水ぶくれが出来た」ということで入院してやがて亡くなったことを聞かされた。何の病気だったのだろう?悲しい思い出。
・行き帰りは毎日K君といっしょだったはず。芋掘り、とかもやったような記憶がある。周りは家が立ち並び、相当うるさくはなったが60年経った今も園の外観はそのままである。幼い時の思い出の残っている私のふるさとである。(2021.8.28)

・「ミスター・エド」。アメリカのテレビ番組。馬がしゃべる・・・ってやつ。(馬の)リップシング(?)が絶妙だった。フジテレビでは1962年10月22日から1964年4月13日とある。我が家でも見ていましたがその後の日本テレビの1968年4月3日から同年9月だったのかもしれない。主題歌はなんと金馬(現在の金翁)だったのか。曲は三木トリローだ。「お笑い三人組」の時代か。(2021.8.28)



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